SEO TOOL
www.dirnupo.org

« ダートスポーツ2008年8月号 | メイン | DELTA NEW BARREL4サイレンサー »

2008年06月27日

■BAJA CHICKEN 第27羽 「05/28 プリラン2日目、リアルメヒコ」

000041.jpg
前回はコチラ。プリラン初日にいきなりクラッシュし、左腕を怪我してしまってガッカリな俺。マイクス・スカイ・ランチョで一夜過ごしたら、翌朝嘘みたいに痛みがなくなっていた……なんてこともなく。てっきり楽できると思っていたセヌーさんのプリラン2日目が始まった。※腕を負傷したため今回の写真は全編コッツ! ピンボケはご愛嬌。

mikesmorning2.jpg

■マイクスの爽やか過ぎる朝

携帯のアラームで目を覚ますともう朝6時を回っていた。ベッドから起き上がろうとすると左腕に痛みが走る。そうだった。一晩くらいじゃどうにもならないだろうな、と頭では分かっていてもちょっぴりヘコむ。表に出てみると、さすがに山の上だけあってとんでもなく空気が澄んでいる。人生で5本の指に入る気持ちのいい朝だ。シャワーを浴びて着替えてからプールサイドに行くと、もうみんなバイクの整備を始めていた。ハンドガードを修正するはずが、見栄えのいい角度にこだわり始めて止まらなくなっているセヌーさんをジョニ男と眺める。「……腕の具合はどうよ(キコキコキコ)」「昨日の夜とおんなじ」「そうか……(キコキコ)」。

mikesmorning.jpg

朝はまた食堂に集合。トルティーヤに炒った卵やフリホール(煮豆)とサルサを包んで食べるのがウマい。旅を通して土地の食べ物にだいぶ慣れてきたように思う。「とにかくスパイシーで暑苦しい」というのがメキシカンフードに持っていたイメージだが、日常の生活の中で食卓に並ぶのは実に素朴な味わいのものが多い。いんげん豆などを柔らかく煮込んで塩で味付けしただけというフリホールは、トルティーヤとともに食卓に欠かせないいわば現地の主食。アメリカのフードコートで初めて食った時は「こんなマズいもん食えるか」と思ったものだが、シンプルなだけに塩加減が微妙なようで、メキシコに入ってから食べるフリホールはどれも美味しかった。

mikeswindow.jpg
mikesdog1.jpg
mikesdog2.jpg

食事しながら今日の予定を石井サチョーがみんなに伝える。最初の目的地はRM260。山を抜けるバイクの方が早く着くので、サポートカー2台が1時間早く出発する。そこでライダー交替したら次はRM400までライダーは140マイル一気走りだ。ライダーたちが海へ向かって走っているその間、サポートは3号線をひたすら戻ってオーホスネグロスで待機。特に迷うようなポイントもないので、今日のサポートチームはかなり余裕の行動となりそうだ。マイクス・スカイ・ランチョの看板犬と遊んだりした後、荷物をまとめてサポートカーへ。昨夜は暗くて分からなかったが駐車場は巨大な岩盤だった。もう一泊してもいいな、と思えるくらい素敵な宿だった。いつかまた来よう。「またあとで」とセヌーさんに声をかけ、石井サチョーの運転する白ピックアップ号に続いてマイクスを出発した。

mikesparking.jpg

■メキガス補給。RM260へ

昨日通った山道を逆走して3号線を目指す。これまた暗くて分からなかったが、見れば見るほど楽しそう&気持ち良さそうな道だ。「はぁ~しぃ~りぃ~てぇ~!!!!」。ジョニ男とショーイさんが駆け抜けていくのを指をくわえて見送る。3号線に出たらValle de Trinidad(トリニダッド村)へ。村の入り口にあるPEMEXでメキガスを購入。こんなところでもVISAが使えることに驚く(パスポートで顔写真の確認は必要)。そのまま村を抜け、奇妙な風景(うまく説明できない)の中に続く一本道をゆくとRM260に出た。小さな小屋の名残りがあって、その日陰でライダーたちがクタッとしていた。すでに昼近くだったので相当な暑さの中で待っていたに違いない。ここから先、RM400まではかなり長いのでセヌーさんの水筒を満タンにしておく。

P1010798.jpg
P1010793.jpg
pemex3.jpg

ここから先は使わないということだったのでXR400Rを黒ピックアップ号に積み、唐沢さんとナカムラさんはサポートカーでRM400へ向かう。本来の計画ではここから先の140マイルは俺の担当パートだ。そこをプリランしないでセヌーさんに任せることがどういう意味を持つか。俺にBAJAを走らせることを楽しみにしていただろうセヌーさんの気持ちを考えると複雑だったが、現実的に走れないのだから257x完走へ向けて、いま出来ることをやるしかない。

■リアルメヒコ、トリニダッド村

サチョー、ムラカミさん、そして嫌がるセヌーさんを送り出してしまうと、俺たちにはたっぷりの時間が出来た。「さぁ、どうしようか」。まずは飲料水を買うためにトリニダッド村へ戻る。コーラやらソーダやらを大量に買い込むために小さな食料品店に入るが、店内に商品が並んでない。冷えた飲み物はカウンター奥の巨大冷蔵庫の中なのだ。こうなると本当に困る。店のおじさんにはワン・ツー・スリーも通じないので、欲しいコーラの本数を伝えることさえままならない。コッツが紙とペンを使って説明し、ようやく買うことができた。店を出ようとするとメキシコ人の親子がナカムラさんに話しかけてきた(日本人っぽく見えないナカムラさんはこーゆー役が多いw)。息子にステッカーをやってくれ、というので喜んでバハチキステッカーを渡す。前に検問で兵士にあげた以来だったので嬉しかった。

trinidad1.jpg

「ぷはー!」メキシコの強烈な日差しが降り注ぐ中で飲むコーラの旨さは筆舌に尽くしがたい。来る時はスルーッと通過してしまったが、改めて見るとトリニダッド村は本当に何もない村でまさにリアルメヒコといった趣き。なんだかゲームに出てくる街みたいで現実感が乏しいのだ。村の道は当然すべてダートで、ギターケースを構えた男がいつ道の先に現れてもおかしくない、そんな雰囲気がたまらなかった。ティファナみたいな賑やかな街もいいけど、本当のBAJAカリフォルニアの姿ってきっとこうなんだろうな。RM260っていう目的地がなければ、こんな小さな村に立ち寄ることはなかった。改めてBAJA500に感謝。

trinidad2.jpg

[トリニダッド村ちょっとイイ話]
街のメインストリート沿いにあるトリニダッド小学校脇は、何故かインターネットの野良電波をキャッチできる! メキシコは有線インフラが整ってない分、無線LANが多く利用されているらしい。ノートPC持っていかなかったから試さなかったけどね。

■レスタウランテ"Vistabella"でデビル花輪さんと会う

まだまだ時間はある。とりあえずは腹ごしらえをしようと唐沢さんの案内で3号線沿いのレスタウランテ「Vistabella(ビスタベリャ)」へ移動。店の前には広場があり、レース時にはサポートポイントとして賑やかになるらしい(今年はコース設定の関係上使われてない)。実は唐沢さんもコーヒーを飲んだことがあるくらいで、ゆっくり食事をするのは今回が初めてとのこと。店内にはレース関係者風の一行と旅行中らしきアメリカ人家族がいて、美味しそうな料理をつついていた。テーブル席に着くと元気の良い娘さんがメニューを持ってやって来るのだが、見ても「???」。そしてやはりここでも英語は通じない。

restaurante.jpg

「Polloはチキンだろ?(←これだけは分かる) Resって何だ?」「ビーフだビーフ」「じゃResで!」「あれ、トルティーヤってマイスが米で小麦はなんだっけ?」「いや小麦がアリーナでとうもろこしがマイスだべ」「ワカモレ(アボカドのディップ)ないかなワカモレ!」「作れますよ(娘さん)」「じゃそれひとつ!」。メキ語の分かるセヌーさんがいたらあっさり注文してくれるのだろうが、メニューに書かれたスペイン語から断片的に情報を拾いつつ注文していくのはなかなか楽しい。俺はチキンのオムレツを頼んだんだっけかな。いかにも家庭料理という味わいで美味しかった。やっぱメキシコの料理は日本人の味覚にあってると思う。

restaurante2.jpg
restaurante4.jpg

俺たちが料理と格闘していると、店内に花輪さんが入ってきてビックリ。花輪さんはセヌーさんがアメリカに住んでた頃のルームメイト(ていうか大家)。今はデビルズバレーに住んでるせいかみんなから「デビル花輪」と呼ばれている(悪魔のヨンゴー乗りだからという噂もw)。普段はHonda R&D Americaにお勤めで、今回はアメホンBチーム13xのサポートがお仕事だ。ちなみに去年は14xのサポートもしていたとか。ライダーは? と聞くと、今頃RM400付近を何度も何度も走ってるとのことだった。さすがは優勝候補チーム、やってることが違うw。その後、オーホスからホンダピット8へ向かうルートの情報を教えてもらってお別れした。

restaurante3.jpg

[ビスタベリャグルメ情報]
デビル花輪さんとセヌーさんに聞いたのだが、ここには「Sopa de Menudo(ソパ・デ・メヌード)」という内臓のスープがあってそれが絶品とのこと。日によってできない場合もあるそうだけど、もし行くことがあったら頼んでみたいメニュー。

■HondaPit8とすぴりちゅあるホッパー

hondapit81.jpg

サチョーたちとは「オーホスで」と言って別れたが、最後の40マイルが発表になってないなどの理由からHondaPit8まで入って行ってそこで待つことにした。HondaPit8はちょうど山を越えてきたライダーを迎えるように場所取りされていた。コースサイドに車を止め、時折通るバギーやバイクに手を振ったりしながら、それぞれ思い思いの時間をのんびりと過ごす。

baja_245.jpg

まだ当分はこないだろう、ということで唐沢さんがHondaPit8からRM400までの道をXR400Rで走りにでかけていった。あたりが静かになると俺は草っぱらを散歩に出かけた。ただの雑草だと思って不用意に踏むと、棘のある種子をスニーカーの中にたっぷり入れて悶絶することになった。ほんの小さな植物も巨大なサボテンも、同じように厳しいBAJAの自然を生き抜いている。乾いてはいるが大地には生命力に溢れている。俺は周りに人がいないことを確認すると、目を閉じて左腕を宙に差し出した。谷間に吹く風が心地よい。

"BAJAの大地の精霊よ……もしいるなら俺の腕を癒してくで……"

俺とセヌーさんのスピリチュアル(というかそれを商売にしてる連中)嫌いは徹底しており、筋金入りだ。もしセヌーさんがこの場にいたら俺の頭がイカレたと思っただろう。しかしこの時、俺は大真面目に何らかの力を腕に受けようとしていた。「ふぁ~」。そういうシーンで流れそうな効果音を自分で言いつつ、目をつぶったまま腕が痛くない角度をさぐるように動かしてみる。ん……ん……ここ痛くないかも……あ…癒されてる…癒されてるかも……いーじゃないかすぴりちゅあ……

「セヌーさんたち来ないなー」

いつの間にかコッツが近づいてきていたので腕をぶんぶん振って誤魔化す。あぶねーあぶねー。でも、なんかこの時から俺は腕があんまり痛くないような気がしていた。ナイスプラシーボ。BAJAの精霊に……なんてセヌーさんの前では死んでも言えないな……。

■サチョー&ムラカミさん帰還! セヌーさんは…

そして、コッツの言うようにちょっと遅かった。予定ではもうそろそろ来てもいい頃だ。すでに戻っていた唐沢さんたちともそんな話をしていると、1台のバイクがやってきた。ジョニ男のプリランに同行しているショーイさんだった。みんなを見ませんでしたか、と聞いてみると石井サチョーとムラカミさんは途中でセヌーさんが来るのを待ってるみたいだったよ、とのこと。さらに、同じルートを走ったけど一度もセヌーさんは見かけなかったという。どういうこと? もしかしたらセヌーさんが途中で何かトラブルにあい、自己判断で1号線を北上、3号線からオーホスへ向かったのかも……。そうなると俺たちの前は通らないことになる。

baja_236.jpg

結局、状況がつかめないので当初の約束通りオーホスネグロスに戻って待つことにした。人知れず崖の下に落ちているセヌーさんを想像しては頭からその考えを振り払う。あっちをウロウロこっちをウロウロしてしばらく待っていると、バイクのエキゾーストノートと誰かの「来た来た!」という声が聞こえた。見ると、石井サチョーとムラカミさんがバイクを止めて降りるところだった。セ、セヌーさんは? その瞬間、青いバイクに乗ったセヌーさんが最後尾に姿を現した。は~えがった~と、コッツと共にひと安心。しかし、バイクも人もボロボロでとうてい無事には見えなかった。

聞けば深さ2メートルほどの縦穴にバイクごとフロントから落ちて、まったく身動きできなくなっていたんだそうだ。どこからともなく現れたメキシコ人の子供たちがなんとか助け出そうと頑張ってくれてたんだけど、さすがに力が足りなくて大人を呼びに行ってもらい、ようやく引っ張り上げてもらったとのこと。その時に右手親指を痛めたようで、かなり痛そうにしていた。とてもじゃないがエンセナダまで自走するのもしんどそうだったので、バイクはそこで車に積み込み、街へ戻ることにした。

senooitai.jpg▲帰りに寄った食料品店でお菓子をつまみあげることさえ出来ないセヌーさんw。

■勝新の店で打ち上げ。そして病院へ…

エンセナダのホテルに戻り、石井サチョーが「(イラストが)勝新の(顔に似ている)お店」と呼ぶシーフード料理店にみんなで出かけた。さすが漁港のある街だけあってシーフードはどれも美味! イカ好きの俺はイカがガーリック風味に炒められた料理をぺろっと平らげた。途中からデビル花輪さんも合流して無事(?)プリランを終えたことにみんなで乾杯。マリアッチの演奏も生まれて初めて見た。

baja_393.jpg
baja_394.jpg
baja_389.jpg

ちなみに、翌日の朝からスタート~RM40までのコースがプリラン可能になる。唐沢さんチームとムラムラ組は当然走る模様。俺はまだちょっと走れそうにないな~と思って人ごとのように聞いていた。すると、唐沢さんに「ホッパーくんも様子を見て走れそうなら走ってみたら。舗装路で試すだけでも違うよ」と声をかけていただいた。大事なレースの前だってのに、大先輩のみなさんに気を使わせてしまっていることが苦しかった。セヌーさんもいつの間に調べてくれたのか「日本で入った海外旅行保険が使えるから明日の午前中、エンセナダの病院行ってみ。現地の通訳を使えば大丈夫だし。で、症状がちゃんと分かれば気持ちの持ちようも違ってくるから」と寝る前に教えてくれた。

折れてしまった俺のココロをみんなが修復しようとしてくれているのを感じた。自分の体のことは自分が一番良く分かっている、というありがちな台詞が浮かぶ。折れたのはココロじゃなくて、たぶんどっかの骨なんです、ってことが言えなかった。そのせいでこれ以上みんなに心配をかけられないな、と思い翌日病院に行く決意をして眠りについた。(つづく