■BAJA CHICKEN 最終羽 「06/01 砂塵と夢のあとに」

■ほんじゃまたエンセナダ
レース翌日だからといってゆっくり寝てなどはいられない。チェックアウトは午後1時だ。とっとと起きて全員で片付け開始! とその前に……朝飯は日本から持ち込んでいたサトウのごはん&レトルトカレーをみんなで食う。う……うめー! 若者風にいうとパネェウメェ。メキシコの人はカレー食わないのかねぇ。ポージョライス(鶏肉の辛味煮込みかけご飯)ってのがあるみたいだけど、調べるとジョナサンのタンドリーチキン&メキシカンピラフにしか見えん。ちなみに、関係ないけどこっちではカップラーメンは「マルチャン」って呼ばれてる。チリソースを入れて、ライムを搾って食べるのがメキシコ流。今度、家でもやってみようっと。
▲やっぱカレーは日本人のソウルフードだと思った。
ご飯を食べ終えて片付けをしていると、同じホテルに止まっていたATVチームの子供たちがやって来て、でかいフラッグにサインをせがまれた。「いやー完走してないんだけどなァ」と言いつつ偉そうにサイン&ステッカー配布。どんな凄いライダーと思ったか知らないけど、あとからリザルト見てガッカリしないように。子供たちにとっても毎年のBAJAがお祭りみたいに楽しみなんだろうな。こうやって小さい頃から競技者としてのライダーに触れていれば、モータースポーツへの理解だって違ってくるもんね。


装備から何からホコリまみれで片付けも大変だ。TUNDRAからステッカーを剥がしてバイクとともに手洗い洗車場へ。常に準備のいい石井サチョー&唐沢さんチームとムラムラ組は、昨日の夕方の時点で洗車も終わらせていたようで、午前中のうちにリバーサイドへ出発していった。つまり、俺たちがライト交換してる頃にはもう洗車してたって感じ? 何もかもが違いすぎるw。IRCへGPSの返却をしに行ったりなんだり片付けをやっつけて、ギリギリ1時にチェックアウト完了! ふー。
▲ピカピカだった外装が見る影もなくなったWR450F。いいバイクだった。
この日はBAJA500の表彰式。日程に余裕があれば見ていきたいところだが、当然俺たちにそんな時間は残されていない。ドロドロに汚れたバギーを積んだトレーラーやバイクを積んだピックアップが行き交う通りを抜け、エンセナダの街をあとにする。寂しくはないぜ。どうせまた来るからな。それでも海岸線から美しいエンセ灘を眺めると、初めてメキシコ入りした日のことを思い出して感慨にふけった。


■ラスト・タコス@ティファナ
最後にメキシコ国内でガスを入れてからアメリカ入りするために国境の街・ティファナに寄ることに。ついでに街中を観光して(車で流すだけだけど)、タコスのひとつでも食っていこうと決めた。ティファナの街はエンセナダとはまるで違って完全に都会だった。しかも雑然としていて犯罪率も高そうなイキフン。セヌーさんみたいなメキ風味ならともかく、俺のようなバリバリ日本人顔のジャパニーズはあんまり観光したいって思えるような街じゃないかなー。なので適当に流してタコ屋台を探す。



街の中心部はどこにどうやって路駐していいものか分からなかったので、わりと街のはずれにあった屋台へ突入。セヌーさんに言わせると「たけぇ!」んだそうだけど、観光地価格ってことで俺は納得。そして、マリスコス(魚介類)なタコスも美味しかった。日本にも街角にタコ屋台があればいいのになー。行き詰まりを感じているタコ焼き屋さんはぜひご一考ください。おなかもいっぱいになった俺たちは、TUNDRAにもたっぷりガスを注いでやり、夕暮れ迫る国境へ車を走らせた。


▲セヌーさんとコッツがタコスを買っている間、屋台の横でブラブラしていたらKAWASAKI Z1000 Policeに乗った白バイ警官が! 写真撮るよ~ってカメラ向けると、銃把に手を置いてハイポーズ。
▲いきなり話しかけられて「サンフェリペには行ったか、いいところだから行け!」と言ってきたおじさん(右端)。なぜか話が通じていたけど何語で話したのかは覚えてない。
■あすたらびすたメヒコ!
メキシコ国境はアメリカへの入国を待つ車の列で大混雑していた。3列で渋滞する車の間を物売りたちが練り歩いている。TUNDRAはかれこれ3時間以上も渋滞につかまり、メキシコ脱出に向けてじわじわと進んでいた。俺はハンドルを握って前を見据えながら、今回の旅のことを考えていた。かなり詳細に渡って追ってきたつもりのこのレポートでも、書ききれていないエピソードはたくさんある。良かったことも辛かったことも含め、本当にいーろんなことがあった。実際に見るまでは想像もできないような風景、日常からはかけ離れた体験の連続。そしてBAJAは、写真には写らないすぴりちゅ……生命力のようなものに溢れた場所だった。
「DESERT RIDE DAYS IN BAJA」の中で作家の戸井十月さんはBAJAのことを「自分をいっぱしの旅人にしてくれた学校みたいなもの」と言っていた。いっぱしになるにはまだまだ授業を受け続ける必要がありそうだなぁ。この世界にはバケモンみたいな先輩がたくさんいて、36歳の俺なんてまるっきり鼻タレ扱いだ。でも、今回の旅で少なくとも冒険者名簿の一番新しい欄に名前を連ねることはできたに違いない。レベル1から始めよう。願わくば、次来るまでには日本でひとつふたつレベルをあげておこう。
俺は自分の夢を実現するだけでなく、15年前の俺みたいな街乗りオフローダーの若者に、オフロードバイクの世界にはこんな場所があってキミがいま立っている道もここに続いてるんだぜ、ってことを見せたかった。決して簡単とも危険がないとも言えないけど(骨折った上にリタイアしてるしw)、BAJAは特別な人たちのためだけにある場所じゃない。このプチメタボ気味の万年ビギナーライダーである俺が言うんだから間違いない。本人にその気があれば、俺たちのようにトップグループが見ているものとはまったく違うBAJAを見つけられるはずだ(もちろんクラス優勝を狙うレースだって可能)。でも、それもこれもはじめから「無理だ」と思っていたら永遠に実現できない。「いつかは!」と思う気持ちと、ほんのちょっとでもそこへ近づいていく意識(お金を貯めたり体を鍛えたり)、あとはチャンスと度胸と「ちょっとだけ周りに迷惑かけちゃえ!」という覚悟、そして信頼できて笑いあえる仲間があればいい。……結構たくさんあるなぁw。でも大丈夫、本気になればきっと実現する。
もちろん俺ももう1度BAJAの大地に挑戦するつもりだ。なんたってまだ「完走」してないしw。500なのか1000なのかはたまたツーリングでなのかは分からないけど、こんな最高な場所を「人生で一度きり」なんて決めつけて訪れるのはもったいない(できることなら毎年だって来たいくらいだ)。このメンバーでまた来れたらきっと楽しいだろうな。でも、俺にとってのメーテルであるセヌーさんは、また別の鉄郎を機械の星に連れていくのに忙しいかも知れない。その時はその時だ。きっとまた楽しく、そしてしんどい旅になるだろう。
そんな考え事をしているうちにTUNDRAはゲートに到達した。時刻はすでに18時を回っていた。いつまでも終わらないと思っていた旅も、唐突にそのエンディングを迎えようとしている。あぁ、相変わらず心のズンビが……。パワーウインドウを降ろすと国境警備隊員がしかめっ面をして車の中を覗き込んだ。メキシコからアメリカへ入国する時の審査は厳しい。ヘタな対応をするとすぐさま降車して別室へ、なんてことにもなりかねない。雑然とした車内を見てさっそく「なんだその荷物は?」と詰問してきた。助手席のセヌーさんが真剣な表情で荷台のバイクとごちゃごちゃの荷物について英語で説明している。俺はサイドミラー越しに暮れ始めたメキシコの空を見つめていた。あすたらびすたメヒコ、また来るぜ野田クルゼ。
俺はすぐ近くでおっかない顔をしている警備隊員に満面の笑顔でこう答えた。
「We are BAJA Riders!!!」
俺の英語は最後の最後まで通じていなかった。(おわり)

■あとがき
今年の1月15日から始めたこのBAJA CHICKEN連載も今回でようやく最終回です(全部でいくらかかったとかヘルメットカメラ映像は後日番外編としてアップします)。長いことお付き合いいただきありがとうございました。また、今回のBAJA500にご協力いただいたたくさんのスポンサーの皆様にもお礼申し上げます。車体関係で言うとBRIDGESTONE、Madfish。装備類ではSHOEI、Leatt Brace、Uran marking design、ELMO、AND WEAR、TTPL、JAPEX、KBFRS。残念ながら完走のご報告はできませんでしたが、大変貴重な体験をすることができました。皆様のご協力がなければ参戦さえ危うかったと思います。本当にありがとうございました。
それと、BAJA CHICKENを支えてくれた多くの友人たち、職場の仲間、ロゴをデザインしてくれた我がTiLT Racing総帥ユージさんにも多謝。そして様々な知恵と的確なアドバイスと微妙な笑いを披露してくれた石井社長、謙虚さとひたむきさがカッコ良かった唐沢栄三郎さん、優しさとユーモアでいつも笑わせてくれた中村さん、半泣きの俺を見捨てずにボレゴまで連れて行ってくれた村上さん、サポートのATV群馬・根岸さん家族、ヨーコさん、デビル花輪さん、フォレストの皆さん、現地で差し入れをくださった梅村さん、ローレンス・ハッキングさんw、レポートが面倒くさくなってきたなというあたりで催促メールを送ってくださった全国の皆さん、ありがとうございました。そうそう「BAJAへ行かない人生でいいのか」という名コピーを打って俺の人生を狂わせてくれたミカミ変酋長にもありがとう。
最後に。俺みたいな素人に声をかけ、ブーブー言われながらも黙々と鍛え、BAJAまで連れていって新しい世界を見せてくれたセヌーさんと、無理なお願いを聞き入れ、見知らぬ土地、見知らぬ人たちを相手に全力でサポートしてくれたコッツのふたりに感謝の言葉を伝えたい。ムーチャスグラシアス、トレスアミーゴス!!!
2008年7月9日 ホッパー

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さて、これでBAJA CHICKENは終わりますが、まだまだモニターの前にお付き合いいただきます。
まずは、今回ソロで参戦した九州のジョニ男のレースレポートをリンクしておきます。彼はなんとまだ24歳。俺たちみたいに様々なサポートがあったわけでもなく「人生後払い」の精神で障害を乗り越えて参戦し、19時間かけて見事完走を果たしました(マジでおめでとう。バッヂが羨ましいぜ)。ジョニ男、恐ろしい子ッ! 彼の息づかいが聞こえてきそうなほどリアルなレポートは必読です(私信:ジョニキャンはわかるけど俺を一緒にしないようにw)。
■2008 SCORE BAJA500 Race Report ジョニ男の場合
そして、石井サチョーがプロテックスポーツで書いていた裏バハチキンこと「BAJA POLLO 500」では、石井唐沢組、中村村上組の奮闘を別な角度から読めちゃいます。