■BAJA CHICKEN 第34羽 「05/31 チキンたちの一番長い日(5)」

■まだ終わりじゃない
セヌー「……そうか。じゃあ、ライトをHIDと交換しようか」
俺はセヌーさんの顔を見た。「まだ走れんだろ?」「え……走っていいの?」「大丈夫そうじゃん」「……腕は平気だけど……セヌーさんは?」「まずはRM260まで行こうよ。そこで無理だと思ったらやめればいいし。もしホッパーがRM400まで来たら俺もキャスト取って走ってやるよw」
そう言うとセヌーさんはHIDを装着する準備を始めた。いつの間にかコッツもエアクリーナーを交換してスポークのゆるみを点検している。また走れる。まだ走っていいんだ。すぐに装備を用意してHID装着を手伝う。ここからゴールまでは230マイル(416km)くらい。現在の時刻はすでに18時を回っている(結局セヌーさんはここボレゴで3時間弱待っていた)。レースからはかなり脱落していた。残り8~9時間ってとこか。よし、行けるとこまで行ってやろう。
セヌーさんが前転しまくったおかげで外装はボロボロ、だがバイクはどこも壊れているところはなかった。どんだけ丈夫なんだ。エンジンをかけてライトスイッチをオン・オフしてみる。まだあたりが明るいので光軸調整はできないが配線&取り付けに問題はない。セヌーさんを待っている間にゆで卵やら何やら食っていたおかげで体力もバッチリ回復している。なんか結構イケるんじゃないか。「RM260で!」と言い残し、俺は元気良くチェックポイント2を後にした。
■BAJA、夢の大地
国道3号線に平行して伸びるコースを走る。路面はいつの間にか大好きになったサンドだ。スロットルを開けていくにつれ、車体が安定していくのが分かる。すでに黄昏どきではあったがまだまだ十分に明るい。BAJAでは陽が沈んでからが長いのだ。後ろからやってきたバギーのドライバーが、追い抜きざまにジャブを打つような仕草で元気を分けてくれた。俺はレースに復帰できただけで嬉しくてしょうがなかった。快調に走って先ほどのMag7へ。するとセヌーさんとコッツが先回りして待っていて、頑張れよーと声をかけてくれた。ガソリンを給油して先を目指す。この頃になると、もう2輪もATVも全然いない。走ってるのは遅いバギーとまだまだ元気なバハバグばかり。うーん、日本でバハバグ乗りてぇ……と気持ちをムクムクさせながら走る。RM220を越えた先でダートは3号線と交差し、道の右側へと移る。3号線を渡ろうとした時クラクションの音がしたので振り向くと、ちょうどふたりの乗ったTUNDRAがオフィシャルに停められて俺の通過を待っているところだった。よしよし、たぶんペースはそんなには悪くない。手をあげてこたえる。
景色を柔らかくする光がわずかに残る中、曲がりくねったサンドのトレールを走る。見上げれば茜色の空をバックに落ち込んだ山のシルエット。夢の中にいるような体験だった。無茶してないせいもあるが、転倒の恐怖からもずっと遠いところにいる気がしていた。再び国道脇に出る。道が細くて圧迫感があるが、ひたすら真っ直ぐの直線ダート。アクセルが開く。3号線をエンセナダへ向かう18輪トレーラーを2台抜いた。結構なスピードが出ていたが、やはり転ぶ気はしない。並んで運転席を見ると船の汽笛のようなクラクションで返してくる。もう笑うしかなかった。最後の最後で俺はBAJAという土地に受け入れられたような気持ちになった。
その道の最後、RM230で舗装路にあげられた。もうGPSは死んでるので制限速度を守ってもしょうがないな、と勝手な理屈をつけ、舗装路をぶっ飛ばす(良い子は真似しないように)。風が少し冷たくなってきたな……。すでに沿道のサポートチームもほぼいなくなった中、弓なりに反るように真っ直ぐ続くマイクスロードへと左折した。プリラン2日目、指をくわえて見ていた道だ。硬く、幅の広いダートを気持ち良く飛ばしていく。ライトはまだ必要ないくらい明るかった。本当にゆっくりと時間をかけて陽が暮れていくため、目の暗順応がものすごく効いているのかも知れない。アップダウンを繰り返すフラットダートをゆくと、時折隠れ岩にフロントタイヤがヒットして心拍数が上がる。俺とセヌーさんがここまで来れたのはWR450Fの頑丈さもさることながら、BRIDGESTONEムースのおかげだと本当に思う。パンクの心配がなければライン取りに幅が出る。実際リムがちょっと凹むくらいのハードヒットをしても、バイクは何事もなかったかのように進む。素人チームの無理を聞いてタイヤを提供してくれたBSさんに感謝しつつ走った。
山陰がさすがに暗くなってきたのでHIDライトを点灯すると、サーチライトのように強烈な光の帯が暗闇を切り裂いた(光軸もちょうど良かった)。これまで路面になじんで区別がつきにくかった隠れ岩も、影ができることで見つけやすくなった。セヌーさん、明け方まで苦労したのは無駄じゃなかったぜ。完全に陽が落ちると、HIDが照らし出す部分以外何も見えない完全な闇が訪れた。あたりがどんな景色なのかまったく分からない。ただ、次々と照明の中に現れる地形に対応して走っていくのみ。標高があがってきているのか、急激に気温が下がっていく。道は走りやすい林道のような雰囲気だった。ところどころ出現するちょっとしたガレ場もたいしたことはない。ペースを上げすぎることも落としすぎることもなく淡々と走っていける。暗闇のおかげで昼間はほとんど見えなかったマイルメーターが乗車したままでも確認できた。
唐突に明るい場所が目に入ってきた。サポートカーが数台固まって止まっている。1台の車がパトランプを回している。あれは……。コッツが交通整理用の誘導棒を片手に出てくるところに出くわした。「あ! セヌーさんもう来た!」どうやらちょうどくらいのタイミングだったようだ。危ない危ない。もし俺が先に到着していたらまたスルーしていたかも知れない。ガスを補給してもらう間にバナナを食べ、トリプルカーボを補充する。セヌーさんに聞くと、この先海に出る前にもっと標高があがると言う。ちょっともこもこした服が欲しかったのでAND WEARにサポートしてもらったフード付きパーカーを上から着た。「なんか、全然元気そうだなぁ。ムカツク」とセヌーさんがあきれたように言う。疲れたという意識はなかった。だが、RM400で会おうと告げ、1m弱の段差を降りてコースに復帰しようとした時、腰を引くのもアクセルを開けるのも完全に遅れて前のめりに転倒した。カッコ悪ィ。どうやら、自分で思っている以上に体は動いていないようだ。次のサポートポイントRM400までは140マイル一気走り。時計の表示は21時15分。タイムリミットまで残り約6時間。俺は誰もいない漆黒の闇の中へ走り出した。
■チキンたち最後の激走
RM260から先は曲がりくねった山道だった。ライトが照らし出すコースにあわせてバイクを右へ左へと倒しこむ。まるでコンピューターゲームでもやってるかのような錯覚に陥る。正直、道は悪くない。これなら台風明けの奥多摩方面ナイトランの方がしんどいかも……と思いながらトリプルカーボを吸い込むと、チューブに入っている分が山の冷気に冷やされていて美味しかった。
その頃、セヌーさんとコッツはRM260でのサポートを終え、トリニダッド村のPEMEXでチェイスカーにガスの補給をしていた。「あとはRM400まで行って待つだけだから余裕だな」「うん。さっきのとこも間に合って良かったよ」。ガスがいっぱいになると、セヌーさんは念のため携帯電話で石井サチョーに連絡を入れる。ムラムラ組を含め夕方過ぎにはゴールしていたため、サチョーももうエンセナダのホテルでいままさに寝床に入ろうというところだった。セヌーさんが「ホッパーをいまRM260から送り出しました」と伝える。するとサチョーは、まだそんなところをしかも俺が走っていることに驚き、RM380から先のディープなシルト地帯を行かせるのは腕の状態を考えると危険、地元メキシコ人たちがコースマーカーの向きを変えまくっていることなどを教えてくれた。「1号線のRM360サント・トーマスまでなんとか先回りして、ホッパーを止めた方がいい」。1号線へ出るには3号線をエンセナダまで一度戻り、街中を抜けて南下することになる。距離・時間的に間に合うかどうかは分からなかった。セヌーさんとコッツは再び車に飛び乗り、全速力で3号線を走り始めた。
■漆黒の断崖
俺はRM304のチェックポイント3を目指して走っていた。道はまっすぐで迷うようなところはない。コースサイドの植物に付けられたSCOREの反射マーカー(オンコースであるしるし)に元気付けられながら走っていたその時だった。HIDが照らし出す先から突然道が消えた。見間違いかと思ったが、真っ黒な裂け目が道を分断していた。フルブレーキ!! なんとか止まれはしたが……これは一体……? ライトを左右に振って確認するが完全に道がなくなっている。なんだこれ? 落盤? 地割れ? 一瞬頭が混乱しかけたが、目の焦点が合うと同時に理解した。真っ黒な部分は穴ではなく「水」だった。コースを真っ黒な鏡のような水が覆っていた。「これ……川……か?」 実はここに来るまでの間にも一箇所だけ小規模な川渡りをするシチュエーションがあった。その時はライトが川の奥に道が続いているのを照らし出していたので勢いを付けて一気に渡った。ここもアクセルを開けて行けば反対側に渡ることができるのか? しかし、ライトの向きをいろいろ変えてみても、奥に道が続いているようには見えない。単に光が届いてないだけなのか。それとも……。
イチかバチかで渡るにはリスクが高すぎる。それよりも先に調べるべきはミスコースの可能性だ。俺はバイクを逆向きにして走り出した。しかし、どこで間違えたんだ? 分岐があったような記憶は無い。10分ほど走った時、コースサイドにコースマーカーがあるのを見つけた。手にとってみる。間違いない、ここはオンコースだ。「なんだ、合ってるんじゃん、やっぱあそこは勢いで渡るしかないんだ!」 俺はすぐさまUターンして先ほどの場所へ戻る。今度は止まらずに一気に駆け抜けてやる、そう思って走っていったが、再びライトに照らし出された光景を見てブレーキをかけた。とてもじゃないが行けそうな気がしない。池、もしくは沼にしか見えなかった。頭が変になったのか? 落ち着くためにバイクから降りてヘルメットを取った。コースサイドから長めの枝を探してきて届く範囲で水深を測る。……底は結構固そうだ。ずっとこれぐらいの深さなら渡れそうではあるけど……。次に石を拾って15mぐらい先を狙って投げる。遠くで「ボチャン」という音が聞こえた。いやいやいや。ボチャンて。
ブーツを履いたまま先へ進んでみようかとも思ったが、低下していた気温がそれをためらわせた。無駄に体温を低下させたくなかった。コースマーカーはあったんだ、イチかバチかで行ってみるか? でも、もしこれが正真正銘の池で、5m先でずっぽり水没したらどうする? エンジンはウォーターハンマーで一発ご臨終、下手するとHIDの高電圧で感電死、なんて事もあるかも……。なによりこの寒さ、暗闇の中で濡れネズミってのはあんまり愉快な話じゃない。「誰かこねーかなー……」。真っ暗な山の中。メキやんの観戦キャンプを見たのももう随分前のことだ。時間的に考えても俺の後ろを走ってるヤツがいるとは思えない。仮にいたとしても、そいつがいつやってくるかなんて分からない。普段はなにごとも根拠レスで突っ込んでいける俺だが、さすがに今回は体が、というか本能がそれを拒絶していた。
もう一度戻ろう。さっきのコースマーカーが本当に本物のマーカーだったのか調べるんだ。俺は再び来た道を戻る。今度は20分ぐらい戻って数個のコースマーカーを確認。この道は絶対に間違っていない、という確信を得た。だが、もう一回あの場所に行って渡る気が起きるかどうか……。何度も同じところを行ったり来たりして、まるで無限回廊に閉じ込められたような気分になってくる。「!!!!」 ライトが照らし出す景色の中に「それ」を見つけたのはほんの一瞬のことだった。またまたフルブレーキ! 戻ってライトで照らすと、そこには真っ黒な横道が口をあけていた。HIDライトの指向性が強過ぎて横道があるのを見逃していたのだ。偶然石を避けようとハンドル操作をしたおかげだった。その場所で壁を向かないと穴が発見できないファミコン時代の3DRPGみたいだ。「なんでコースマーカーがねーんだよォ!」 通常、分かれ道にはSCOREが設置する反射素材で作られた矢印(この場合左)があるのだが、まったく見当たらなかった。あとから聞いた話ではプリランの時点ですでに分岐マーカーが何者かによって持ち去られており、サチョーたちも危うく突っ込みそうになっていた。例の場所はもちろん川などではなく、完全に湖だったそうだ。危なかった。パストラーナならともかく、突っ込んでいたら今頃WRは湖の底だっただろう。
■May the Force be with you...
チェックポイント3に到達すると、まだいたのか、という顔をした男が椅子から起き上がってきた。ゼッケンを遠目に見て、軽く「OK」とだけ言って椅子に座りなおす。えええ。何かノートにチェックとかしなくていいの? 不安だなぁ。そこからさらに西へ向かうと、後方から黒いバハバグが1台追い上げて来た。道を譲るとなんかギャーギャー叫びながら抜き去っていく。風の中に潮の香りが混ざり始めた。海が近い。一瞬エンジンを止めてみると波の音だけが聞こえる。山岳地帯を抜けたのだ。海岸沿いの集落を駆け抜けていく時、暗闇の中から一匹の犬が襲い掛かってきた。唸りながら併走してブーツに噛み付こうとしてくる。真剣に怖かった。本日2度目の本当の全開。
その後コースは砂浜に入っていく。半島内部で体験してきたものとはまったく違う、砂の質も形状もかなり深いサンドのフープスだ。よりパワーをかけて走らないとすぐにグネグネと埋もれそうになる。フロントアップで2個飛ばししようとして驚いた。フロント上げると当たり前だけどライトが上を向いて一瞬真っ暗闇になる。これは結構怖い。完全にサンドだけならいいんだけど、なにげに岩がゴロゴロしているからだ。前が降りて視界が復活した時にデカイ岩が進行方向にあった日には「ふモぉッ」とヘンな声が出る。見ると、先ほど追い抜いていった黒いバハバグが砂浜でスタックしている。後ろから押しているメキやんに向かってまたギャーギャー言っていた。へっへっへ、お先に~。
これまでの山道と違って走れるところが広い。ミスコースしてないか不安になりながら進んでいくと、砂浜が消え、今まで見たことのないセクションが出現した。川原にあるような玉石だけで作られたフープス。うねりも大きい。日本でセヌーさんに写真を見せられて一番走りたくないな~、と思っていたところだ。2~3個山を乗り越えてみて憂鬱な気分になった。蛇行するばかりで全然まともに走れない。ハンドルがぐねぐねと動いて左腕が痛む。クラッチを握れないので速度が落ちすぎるとエンストする。うねりの底でエンストして立ちゴケした。「これ……どんくらい続くんだろ……」。20kmも30kmも続いたら途中で心が折れてしまうかも、と思った。倒れたバイクを起こそうとした時、真っ暗な闇の中に光輝くローブを着たセヌーさんとコッツの姿が浮かび上がった。
セヌー「ユーズ・ザ・フォース・ホッパー。玉石フープスはサンドと同じ。目で見るんじゃない、フォースで感じるんだ」
コッツ「んだんだ(←ちっこい方)」

そう、セヌーさんはRM260で俺を送り出す時、「いいか、玉石フープスの走り方はサンドフープスと同じだからな」と教えてくれていたのだ。しかし……俄かにはとても信じられない。ここをサンドと同じように走るだって!? そんなの無理だ。グジャッと崩れる玉石にフロントを取られて転倒する。バイクを起こしながら覚悟を決めた。スタートしてすぐポンポンポンとシフトアップしてあとはワイドオープン。エンジン回転が追いついてくるとバイクが加速し始めた。つい5m先の玉石を見てしまってアクセルをゆるめると、途端にバイクの挙動が不安定になってコケそうになる。「見たらダメだ、見たらダメだ。ここはサンドなんだ。ここはサンドここはサンド……」。まさに心眼の境地。路面が視界に入らないよう顔を思い切りあげて、はるか先の暗闇を見据えて走る。すると、玉石フープスは不思議なことにサンドのフープスと同じ感触になった。「ほ、ホントだッ! ホントだったッ! いやっほー!!」 それまでとは比べ物にならないペースで駆け抜けながら、WR本来のポテンシャルを邪魔していたのは俺だったんだなぁ、と改めて感じていた。
■それぞれのBAJA
玉石フープスは何kmも続かずあっけなく終わった。さらに砂浜を抜けていくと路面はまた硬い土になり、しばらく走るとMag7が現れた。暇していたのか物凄い勢いで色々やってくれようとするw。「水はいるか? 飲め。キャメルにも足してやろうか? コーヒーもあるぞ。」「タイヤは平気か? パンクしてないか?」「腹減ってんだろ! ハンバーガー作ってやろうか? HAHAHA! 冗談だよ!」 ……いや冗談じゃなしにハンバーガー食いたかったんですけどw。長いことひとりぼっちだったので人に囲まれて少し元気が出た。Mag7を出て走り出すと、またまたあの黒バハバグがやってきて猛烈な勢いで追い抜いていく。ニャローw。BAJA500本来のレースからはとっくにドロップアウトしていたが、自分はひとりじゃないと思えた。トップのチームにも俺たちのようなチームにもそれぞれのBAJAがある。大事なのは楽しむことだ。
峠を越えるルートに入り、また石がゴロゴロと目立つようになってきた。朝一番でサチョーに施してもらった魔法のテーピングと、友達のアツヲが餞別にくれたファイテンシール貼りまくりのおかげでもっていた左腕もそろそろ限界が近いような気がする。レーザービームのように伸びたHIDの光の先にガレたヒルクライムが見えた。アクセルを開けて登り始める。バイクの角度が上を向いた途端、ライトがありえないものを照らし出した。1m弱くらいのステアケース。やばい。瞬間的にハンドルを振って左右に逃げ道を探す。しかし無情にも段差はどちらにも続いていた。「おりゃー!」 ステップを踏み込み、フロントサスが戻ってくるのに合わせてパワーをかけて腰を引く。「乗っかれ!」 しかし上の段に乗ったのはフロントだけ。運良くコケなかったもののバイクは亀の子、いやそこまでいってないな。フロントフォークがひっかかっただけだった。
しょうがなくエンジンを止めてバイクから降り、直立したマシンを見つめる。「どーすべこりゃ……」。すると、暗闇の中から懐中電灯を持ったメキやんのおじさんが現れた。なんかギャーギャー言っているが当然分からない。バイク降ろすの手伝ってくれないかなー、と思っているとどうやら違う方向を指差していることが分かった。バイクをなんとか降ろしてライトをそちらの方向に向けると、そこにはゆるやかな迂回路が見えた。「ムーチャスグラシアス!」 大声で礼を言ってまた走り出す。自分のせいだからしょーがないけど、プリランはやっておくもんだなー、と思った。その後、もう1度だけミスコースをした。完全な行き止まりにブチ当たったのですぐに分かって良かったが、あれが行き止まりでなくどこかの峠道に続いていたらと思うと恐ろしい。
「ちょっと時間をロスし過ぎたな……」
時計を見る余裕はなかったが、21時過ぎにRM260を出て以来、かなり時間が経っているのは間違いない。走りながらマイルメーターを確認するとRM360の手前。ほどなくして国道1号線の舗装路に合流した。メキシコ軍の検問所にいた兵士が手を振っている。痺れそうに冷たい空気を切り裂いて1号線を北上する。この先から右折してダートに入れば、俺のパートは残りわずか30マイル。そこからゴールまでは40マイル。旅の終わりが近づいているのを感じていた。
まっすぐ1号線を駆け抜けている時に、ふっと不安になった。この道で合ってるのか突然自信がなくなった。さっき検問所で手を振っていた兵士は、俺があさっての方向へ走り出すのを止めようとしていたのではないか? 一度膨らんだ不安はどんどん大きくなり、ついに俺はUターンして検問所まで戻ることにした。「あれ、また来たよ」という顔をした兵士にどちらが正しい道か聞くと、俺が戻ってきた道を指差した。「なんだ、合ってたじゃん……」。結局それで10分ほどロスすることになった。
再び1号線を北上していく。さっき不安になって戻った地点を通り過ぎてしばらく行くと、道の右側にサポートカーが数台止まっている場所が見えてきた。サント・トーマスだ。俺はダートへの入り口が近いのかも知れないと思い(実際はもう少し先なのだが)、減速して様子を見ながら走る。俺の視界にありえないものが飛び込んできたのはその時だった。
■旅の仲間
道端に止まっていたのは間違いなく257xのチェイスカーTUNDRAだった。RM400で交替するんじゃなかったのか? セヌーさんはリヤウインドウに貼ったゼッケンにスポットライトが当たるよう調整していたところで、俺に気づいて振り返った。
「ま、間に合った……!」
セヌーさんの声を聞きつけ、コッツも車の陰から誘導棒を持って飛び出してきた。「うおー、本当にギリギリだったね!」 何のことだか分からない俺に、セヌーさんがRM380から先のシルトが危険であること、コースマーカーも持ち去られたり向きを変えられたりしていること、サチョーに止めるように言われて車を飛ばし、つい10分前に到着したところだということを説明した。もし俺が検問所に戻らなかったら、恐らく俺たちは出会うことなく、そのままRM400へ向かっていたことだろう。時刻は午前1時を回っており、見ればセヌーさんもコッツもヨレヨレだった。
「よし、そしたらここまでにしよう! いやー、お疲れした!」
酷いシルトが待っているからでも、コースマーカーが変えられまくってるからでもなく、俺はここに二人が来てくれたことに単純に心を打たれて、自分でも驚くほどあっさりとリタイヤすることを了承した。「いいのか?」とセヌーさんが聞いた。「うん! 次に残す!」。腕の折れた俺をここまで走らせてくれたチームに感謝していたし、サチョーたちにこれ以上心配をかけたくなかった。スタートから今この瞬間まで、チームはずっと何かに追われ、何かを追いながら走り続けてきた。もし、俺を止めることがサポートチームの最後の任務だったのだとしたら、グッジョブ! 最後まで良くやってくれたじゃないか。

実際、BAJAに詳しいたくさんの人が俺たちのサポートを申し出てくれていたのだが、あえて3人でトライすることにこだわり続けてきた。イリジウム携帯をレンタルしていたら、こんなドラマが生まれることも無かっただろう。おかげで俺たちは、BAJA500を3回分くらい楽しめたんじゃないかな。完走は"次のBAJA"にとっておけばいい。というか、こんな状態で終わらせてしまうのが勿体無いと感じ始めていた。うまく言えないが、俺にとっては無理を押してゴールすることよりも、このチームの完成度が誇らしかったのだ。いい大人が骨折ってまで走ってきました、なんてあんまり自慢できる話じゃないしなw。
エンジンを止め、バイクを3人がかりで(俺とセヌーさんが使い物にならないw)TUNDRAに積み込む。タイダウンで固定する時に、IRCのGPSにつながっている配線の一本がゆるんでいることに気づいて挿し直した。日本で見ていた人が最後にサント・トーマスで見た信号はこの時に発信されたものだ。バイクを固定すると、荷台から降りながらセヌーさんが「実はこのまま1号線を北上してエンセナダあたりでバイクに乗って、しれっとフィニッシュラインくぐったらフィニッシャーバッヂだけはもらえるけどね」とニヤニヤしながら言った。間髪入れずにコッツが「(#゚Д゚)そんなもんいらねぇ……」とボソリ。俺とセヌーさんは「……で、ですよね(←ちょっと欲しかった)」と言うしかなかったw。
荷物を積んで帰り支度を完了させた俺はセヌーさんに運転を申し出たが「俺がやるからいい」と断られた。なんだよ、まだまだ元気なのに……と思っていた俺だったが、車が走り始めてわずか5分後には急激な睡魔に襲われ「あ、セヌーさんやっぱダミだ……おやすみ……」と言い残し撃沈していた。2008年6月1日午前1時30分、RM360サント・トーマスにてリタイヤ。リザルトはDNF(Did Not Finish)。俺たちの"最初のBAJA"はこうして幕を閉じたのだった。(最終羽へつづく)